「ここで必要になってくるのが、早咲きの桜の花びらです」
　元アイドル歌手で、今では２人の子持ちとなって、すっかり主婦代表の芸能人という位置に落ち着いた女性タレントの明るい声がテレビから流れてきた。
「遅く咲いたのではいけないの？」
と言ったのは私。私というのはテレビを見ている私。女性タレントと同じ歳ぐらいじゃないかしら、30歳半ば、未婚、これといって特技なし、会社では自分より年齢の高い女の人は２人しかいなくなっちゃって、どいつもこいつも結婚とともに会社を辞めちゃうんだから、そんなことだからいつまでたっても社会での女性の地位は上がらないんだわ、といつも嘆いているＯＬの私。
「早く咲こうが、遅く咲こうが、たいして変わらないんじゃないの」
とひがみっぽく言ってしまう。今日の私はちょっと変かしら。
　でも、あなただってきっと家庭の中ではいろいろあるんじゃないの、とテレビに映っている笑顔の女性タレントに語りかけてしまう。
「桜の花びらと牛乳をミキサーに入れます」
　手際よく料理が作られていく。でもちょっとだけ、主婦タレントの表情が曇ったのをわたしは見逃さなかった。気のせいかもしれないけれど、そう見えたの。
　そうよ、きっとあなたの旦那は浮気をしているわ。ミキサーの中の液体のように、あなたの家庭はドロドロとしているはずなのよね。
「よく混ざったところで、これを200グラムの小麦粉にすこしずつ加えましょう」
　ほら、あなたの手、震えているわよ。わたしに見抜かれたのが怖かった？ 心配していたことをずばりと言われちゃったんだから仕方ないわよね。でも、そんなに気にすることはないわ。わたしのただの推測ですもの。それにしても最近のあなた、目尻のしわが増えたんじゃないの？
「淡いピンク色に染まった生地をよくこね合わせます」
　何を怒っているの？ そんなに目を吊り上げてどうしたの？ まるで小麦粉の生地が自分の旦那であるかのように、力いっぱい叩きつけなくてもいいんじゃないの？ そんなに強くしたら、生地の弾力がなくなってしまうんじゃないの。そう、あなたの年老いた肌のようにね。
「耳たぶぐらいのやわらかさになったら、これを２時間寝かせます」
　いいのよ、無理しなくて。いままで頑張ってきたもんね。高校生の頃から華やかな舞台の上の人になってしまって、大変だったでしょう。これからはのんびり休んだらいいんだわ。
　それに比べて私はどうだろう。私はこれからよ。私はこれから大いに活躍するんだから。
「２時間寝かせたのがこちらにあります。これにバターを塗ってからオーブンにいれます」
　テレビに出るのっていうのも大変よね。そんなふうに厚ぼったい化粧をしていなくちゃいけないし、まぶしい照明のもとでがんばらなきゃいけないし。
「オーブンで10分焼いて出来上がりです」
　もう十分なんじゃないかしら。あなたの役目は終わったの。さあ、次は私の番なんだから。
　でも、でもね、あとちょっとだけ待っていてね。
　あともうすこしで、おいしく熟成されるんだから。