しかめっつらしたあいつが僕のところにやってきたのは、もう夏も近い５月の暑い日だった。あいつは半そでシャツに半ズボンという格好で、半分にやけた顔で僕にこう言った。
「うけ狙いだけはすんなよ」
　その時、僕は食卓に乗っていた卵がコトリと落ちて割れたのを見逃しはしなかった。秋の冷たい風が、開け放たれた窓から流れ込んでいて、カーテンをやさしく揺らしていた。生まれたままのタヌキが窓の外を横切った。
「だけど、おれたち、お笑いコンビだぜ」
と、僕はなかばイライラしながらつぶやいた。苦し紛れの言い訳にすぎないことはわかっていたが、積み上げたものを壊されるのがいやだったのだ。
　僕たちはいつもこうだった。
　あいつの熱いハートが飛んでくるのを、僕はひたすら避けるので精一杯なのだ。外はいつのまにか雪景色に変わっていた。舞い散る雪がまるで僕の心をあらわしているようだ。
「つかみかけた夢、忘れるんじゃないぞ」
　あいつの声がトンネルに響いた。一滴のしずくが僕の背中にポトリと落ちた。生暖かい風が畳の上を歩いているアリにまとわりついた。すべからくわびしげだった。
「白衣が似合うほうがいいのか？」
　さすがの僕もあいつの心にほだされたようだった。いつの日にか素敵なチーズを送ってもらおうとひそかに考えたのだ。疲れ果てた夕闇がまるで蜘蛛の糸のように遠くでなびいていた。
「よこしまな考えでなれるもんじゃない」
　そういってあいつは僕の手を握った。二人とも目は涙で潤んでいた。はかなげな歌がほくそえむようにどこかからか聞こえてきた。幽玄な空がいみじくもまたたいた。
「そうだな。感謝するよ」

　こうして二人の友情は確かなものになった。（のだろうか・・・）