会社帰りの駅へ行くいつもの道すがらで、誰かにつけられている気配を感じた。
　人から尾行されるような覚えはない。これでも、まっとうな人生を歩んできたと不肖ながら考えている人間である。気のせいと思いたかったが、耳を澄ませば確かに、自分の足音の他にもう一人の足音が聞こえてくるのだ。
　もちろん、ただ、同じ方向へ歩いている人かもしれない。
　そこでわたしは、かなりゆっくりと歩いてみた。わたしをつけているのでなければ、追い抜いていくはずである。
　しかし、後ろの人物は、やはりわたしと同じ速度で歩くだけで、わたしを追い抜いていこうとはしなかった。
　いったい誰が、何のためにわたしを尾行するのだろうか。わたしの行動を知りたいと思っている人間・・・わたしは、あらゆる可能性を考えてみたが、これといって思い当たるフシはなかった。
　ここで、振り向いて、そいつに真意を確かめてみる手もあるが、そうはできなかった。たぶん問い詰めてもシラをきるだろうし、わたしの勘違いということもあるだろうから。
　そこで、わたしは小さな路地を入り、その曲がったところで、後から追いかけてくる人物の顔を見てやろうと待ち構えた。
　やがて、足音が近づき、道の角からそいつの姿が現われた。
　わたしはそいつに文句を言おうとして、言葉に詰まった。
　なにしろ、そいつは、わたし自身だったのだから。