「つまり君はだ、朽ち果てた小屋にいるわけだ」
「いきなりなんだよぉ。そんな芝居がかったセリフ、どうかした？」
「わからんのか、この状況は非常に稀有な状況なんだぞ。そもそも、君はあの時、私の言うことを聞いていれば、こんな状況にはならなかったはずなんだ。あれは、いつだったろう……そう、あれは、7月の半ばの暑い日差しの照りつける午後のことだった」
「長いセリフだなぁ。わかってるよ、いちいち説明しなくても、あんときだろ」
「そう、あの時僕は、街で君とばったり出会ったんだ。地下鉄の駅から地上に出てきてすぐのところの、交差点の信号待ちの時だったのを、僕は昨日のことのように覚えている」
「はぁ、おまえ、誰に説明してんの？　覚えてるって、わざわざ、んなこと言わな……」
「君の背中を見て僕はすぐに気がついた。以前君と出会ったときよりも、ずいぶんみすぼらしい格好をしているのを」
「台本でも読んでんの？」
「だから僕は君に言ってやったんだ。『どうしたんだい、君は以前の君とはどこか違って見える。何か心配事でもあるのではないかい？もし、よかったら僕に話してみてはどうだい』とね」
「ちがうちがう。おまえは『よぉー』って、最初に。それから、いろいろあってから、そう言ったよ。いきなり『どうしたんだい』なんて言うか普通」
「途中は省いたんだ。そのほうがドラマチックだろう。それに、そんなところを説明してもつまらないだけだろう」
「ま、そうだけど、でも、ドラマチッ……」
「君は、なんでもない、と言っていたけど、僕は執拗に食い下がったんだ、あの時」
「ふぅ、そうだったかもな」
「そして、君はついに打ち明けてくれた。これで僕は君の窮地を僕の手によって救い出せるだろうと確信したんだ。都会の片隅でのことだったけれどな」
「はいはい、そうですか」
「しかし、君は、僕の言うことなんてこれっぽっちも聞いてくれなかった。しかし、僕は諦めきれないんだ。君をきっと救える。僕は誓うよ」
「でさぁ、なんで朽ち果てた小屋にいるわけ？」
「まぁ、結論を急ぐな。それはおいおいわかってくるはずだ。これから、話す一連の出来事を振り返っていくうちにね」
「いや、振り返らなくてもわかってるんだけど、自分のことだから」
「そりゃあ、君はわかってるだろうさ。でも、この文章を読んでいる人は、何がなんだかわからないはずだよ。だから、僕がしゃべりながら、どんなことがあったのか説明する役なのさ」
「そんなやついるか？　いないと思うぜ」
「そうか、それもそうだな」
「ああ、そうだそうだ。やめやめ」
「うん、やめた」