あの老いた松の木の下で　　　　　　　　　（１枚目）
　　　　　　　　　　３年Ｅ組　　竹中　徹

　もうすぐ僕らの中学校生活も終わろうとし
ている。
　思えば、３年間はあっという間だった気が
するけれど、でもけっして無駄なものではな
かったわけで、むしろ子供から大人になって
いってるんだなという感じがして、とっても
充実していたように思える。
　サッカー部の練習もきつかったこともあっ
たけれど、全体的には楽しくやれたんじゃな
いかと思うし、県の大会でベスト４に残った
というのは、みんなに自慢できると思う。も
ちろん負けたときはとっても悔しかったんだ
けど・・・。
　そう、あの日はそういう気分だった。
　今でこそいい想い出ではあるんだけれど、
負けた直後はサッカー部のみんながひどく落
ち込んでいた。
　ちょうど梅雨の時期だったんだけど、その　（２枚目）
試合があった日は、汗ばむほどのいい天気だ
った。ハーフタイムに飲んだポカリスウェッ
トがギンギンに冷えていて、のどに気持ち良
かったのを覚えているから間違いない。
　得点は２対３。前半で２点リードしていた
あとに、３点取られての逆転負けだった。後
半早々に相手のロングシュートが決まって、
リズムが崩れたのが原因じゃないかと思う。
　本当に悔しかった。
　僕らはうなだれた感じで学校に戻って着替
え、帰る準備をしていた。
　同じクラスのＴがやってきたのは、僕がか
ばんを持って外に出ようとしたところだった。
「ちょっといいかな」
　Ｔは深刻そうな顔をして、僕にそう言って
きた。
　部室を出ると、Ｔは校庭の隅にある松の木
に向かって歩いていった。練習の時によく休
憩をするところ、僕らの一番ほっとできる場
所でもある。僕もＴの後を黙ってついていっ　（３枚目）
た。夕焼けを背にした校舎が、僕らを見下ろ
していた。
「惜しかったなあ。絶対勝てたと思ったんだ
けどなあ」
　木の根元についてＴはそう言いながら、意
味もなく足元の土を掘り返していた。僕もそ
んな彼の足の動きをじっと見つめていた。
「俺さあ……、サッカー、今日で終わりにし
ようと思うんだ。明日、顧問の先生に言って、
やめさせてもらうつもり」
　僕ははっとしてＴをちらりと見た。来るべ
き時が来たんだなという思いだった。
「受験……か？」
「ああ。そろそろ始めなきゃ、やばいと思っ
てな。親もうるさいし」
「ちょっと早くないか？」
　３年生は夏の大会が終わった時点でほとん
どの人がやめることになっている。僕もその
時になったらやめようと思っていた。
「いや、俺、お前みたいに頭良くないし、人　（４枚目）
より多くやっておかないと、身につかないか
ら」
「でも、高校入ったら、またサッカー始める
んだろ？」
「うーん、どうかなあ。俺、楽器やってみた
いと思っているんだ。今もギター弾いている
んだけど、高校に入ったら本格的にやってみ
ようかなって思っててさ」
「そうか。お前ならきっと上手くなるよ。そ
ういうのは器用だもんな……」
　僕らはそれからしばらく黙ったまま、暗く
なっていく校庭を眺めていた。乾いた涼しい
風が僕らの間を通りぬけていった。
　Ｔは足元にあった松ぼっくりをひょいと拾
い上げて、茜空に向かって放り投げようとし
た。けれど、張り出していた松の枝に当たっ
てすぐ目の前に落ちてしまった。
「この木は変わらないんだろうな」
　Ｔは松の木を見上げながら、そう言った。
「そうだね。僕たちが大人になっても、いつ　（５枚目）
までもこの学校の生徒を見守っていくんだろ
うね」
　僕らは、夕日に照らされてじっと立ってい
る老木を見上げながら、自分たちの将来のこ
とを考えていた。
（……なんとかなるさ……）
　今にも、そうやさしく語りかけてきそうな
悠然とした松がそこにはあった。