長い廊下に立っている。
窓からの月明かりが、斜めに廊下を照らし出しているだけで、 他に明るいものはない。
その廊下の端っこに立って、辺りをぐるりと見回す。
よし、何もない。ここがスタート地点。
前を見て、走り出した瞬間、カウント開始。 秒針の刻む音が、耳の奥にこだまする。 ８秒。最初のドアを開ける。 雑然とした雰囲気の部屋。 スチール机が書棚が知らんぷりをしてそっぽを向いている。 ここじゃない。 ドアを閉め、また、廊下を走り出す。 あわてふためいた足音が、静寂を破る。 ２２秒。次のドアを開けようとするが、 カギがかかっていて開かない。あきらめて次に向かう。 ３０秒。走りつづけているが、次のドアが見当たらない。 廊下は果てしなく続いていて、先は見えない。 このまま走っていても、きっと元の所に戻るような気がする。 秒針が刻みつづけている。 ５１秒。次のドアが見つかる。 扉には「関係者以外立ち入り禁止」の文字。 ためらわず開ける。 何もない部屋の真ん中に、ベッドが一つ。 走り寄り布団をめくる。 かび臭い匂いが鼻をつくが、それ以外には何もなし。 無駄なこととは思いながら、ベッドを思いっきり蹴飛ばす。 変化なし。 廊下に戻る。 耳障りな秒針の音が、気持ちを焦らせる。 １分１３秒。廊下が急に暗くなる。 思わず走るのを止める。 月が雲に隠れたのだとすぐに気がつく。 だが、すぐに走り出しはせず、耳をすます。 風の音すら聞こえない。自分の息づかいが荒いのに気づく。 廊下が再び明るくなる。 走り出す。じっとしていてはいられない。 １分２７秒。突き当たりが見えてくる。 行き止まりかと思って近寄ると、右と左に分かれたＴ字路。 左は真っ暗。迷わず明るい右を選ぶ。 ここで迷っている暇はない。 なんとなく明かるいほうがいいような気がするだけ。 間違えていたら、取り返しはつかない。 また、走る。 １分４９秒。ゴーという音が聞こえてきたと思うとすぐに、 ものすごい風が後ろから吹き込んでくる。 このままでは風に飛ばされそうだと思った瞬間、風がやむ。 まるで、風に追い抜かれたような気分。 いやな予感がする。 ２分０１秒。ドアが４つ並んでいる。 手前から３つめのドアが開いたままになっている。 風はそこを通り抜けたのか。 その３つめのドアの前を慎重に走り抜け、４つめのドアに飛び込む。 そこはやっぱり廊下。 そして走る。 ２分１６秒。前から人が走ってくるのが見える。 それはどんどん近づいてくる。 誰もいないはずなのに、と思いつつもここで走るのをやめるわけにはいかない。 もうすぐぶつかるという刹那、そこにあるのが鏡であるのに気づく。 鏡の向こうに、ひどくやつれた顔が、かすかに微笑む。 そこで廊下は左に折れている。 ２分３０秒。窓がなくなって、真っ暗な中を走る。 まっすぐ走っているはずだと、自分に言い聞かせながら。 足音、秒針の刻む音、荒々しい息、心臓の鼓動。 全神経を耳に集中させる。 ２分４４秒。廊下を響く足音が変わっていく。 行き止まりか。走りを緩める。 手探りで前を進むと扉。他はすべて壁。 行くしかない。 開けるとそこは階段。 階段の先に明るい光が見える。 最後の力を振り絞って、階段を駆け上がる。 まぶしい光が目に焼き付いていく。 青白い月明かりは、いったいどこにいったのだろう。 階段を登りきると、そこは真っ昼間の太陽が、 さんさんと降り注ぐ都会のビルの上。 周りを見渡してすべてがそこにあることを確認する。
ここまでで、ちょうど３分。