１

　日曜日の夕方、東京へ向かう新幹線はほぼ満席状態だった。
　遊びつかれた乗客の不機嫌な顔の半分だけが、夏の終わりの、
それでいてまだ熱のこもった陽射しに照らされていた。
　長く伸びた影のふらふらと所在無げな動きは、その不機嫌を
一層あおっているようだった。
　３人席の窓側の席に座った私は、夕日に染まった外の景色を
眺めていたくて、まぶしいながらも日除けを下ろしはしていな
かった。
　やがて列車は名古屋に滑りこんだ。空いていた隣の席にも人
がやってきた。
　親子連れの子供のほうだけ。その時はそう思っていた。隣同
士の席がとれなくて、別々になってしまったんだなと。
「なんでボクが持たなきゃいけないんだよー」
と言う子供に渡されたものは小さなボロボロのダンボール箱。
さっきからニャーニャーと鳴き声が聞こえていたのは、その中
からであった。
　今はやりの電子ペットと始めは勘違いをしていた。というの
はそれを持っている子供があまりにも乱暴に扱っていたからで
ある。静かな車内に一際耳につく鳴き声を発しているそれを、
なんとか鳴き止めたいと思って、しきりに箱を傾けたり、叩い
たりしていたのだ。
　そんなことをしていて鳴き止むはずはなかった。むしろ鳴き
声はいくらか大きくなったように思えた。
「なんとかしろよ」という車内の無言の圧力が、私の隣の子供
に向けられているのが伝わってくるようだった。
　私がその子供に話し掛けたのは、箱を無造作に足元に置いて
コツコツと蹴っていた時のことだった。
「そんなことをしたら可哀想でしょ・・・猫？」
「うん」
「叩いたら余計鳴いちゃうよ」
　すまなそうにうなずいていた。もちろんそんなことは分かっ
ていたらしくて、でも、何とか静かにさせたいという一心で、
そういう行動になってしまったらしかった。
「お母さんやお父さんは？」
「いない」
「ボク一人なの？」
「うん」
「一人で旅行か。偉いなあ」
「名古屋のおじいちゃんちから帰るところ」
「そっか。楽しかった？」
「うん」
　そう言ってはじめて、日に焼けた笑顔を私に見せてくれた。

（次号につづく）