なすすべもなく見送るだけだった。
目の前を通り過ぎる茶色い化け物を、ただ呆然と見ているしかなかった。

おとといから降り始めた雨は、いまだ止む気配はみせないで、朝からずっと地面を叩きつづけていた。
谷底にあるこの部落は、水煙に包まれて身動きが取れない状態にあった。

その轟音を感じたのは、昼過ぎのことだった。
腹の底に轟く低い唸り。そして、地面が、森が、山全体が大きく揺れ始めた。

「山が崩れたぞお」「高いところへにげろ」
悲鳴にも似た怒声が飛び交う。

豪雨のなかに飛び出してきた人々の恐怖に引きつった顔。

木々をなぎ倒しながら森を抜け出したその渦は、こんどは村にある家を車を電柱を獲物として次々に呑み込んでいく。
耳をつんざく破壊音が絶望感を漂わせる。

そしてそれは一気に村人にも襲いかかる。
彼らは喚き声ひとつ立てずに、まるでそれが運命と分かっていたかのように静かに、茶色い化け物の体内に収まっていった。