「先生は自宅でもゴキブリを飼われていらっしゃるのですか」
　取材にきた若い新聞記者がたずねた。
　大学の研究室でのことである。壁には、チャバネゴキブリ、クロゴキブリ、ワモンゴキブリといったさまざまなゴキブリを拡大した写真が、まるでポスターのように一面に貼られている。何十というプラスティックのケースのそれぞれには、種類ごとに二、三十匹がまとめられてカサカサと異様な音をたててうごめいている。
「家にはそんなにいないよ、せいぜい50匹程度だ。なにしろ妻が嫌がるものだからね」
　部屋の真ん中の机の上では、助手たちが一匹一匹ていねいに手にとって観察している。端の一人は顕微鏡で卵をのぞいている。一番奥で取材を受ける先生の机の上には、はく製となった３匹が乗っかっていて、眉間にシワを寄せている新聞記者をじっとにらんでいる。
「ゴキブリの魅力っていったいなんでしょうかね。わたしにはさっぱりわからないのですが」
「君にはわからなくて当然だよ。ただね、見てごらんなさいよ、この光り輝く美しい体を。どうだい見事な光沢だろう」
　先生はそう言って、目の前のはく製を手にとって、記者の目の前に差し出した。
「この美しいツヤのある羽、そして、それとは対照的に、よく発達したたくましい６本の足。そして暗闇でも瞬時に障害物を検知するこの長く伸びた触覚。どれをとってもまるで芸術品のようじゃないか」
「はぁ・・・美しい・・ですか」
「そうだよ、君。そして美しいだけではない。彼らは強い生命力も備えているのだ。あの太古の恐竜が地球上に存在する以前から、彼らは生きていたのだ。ものすごいことだとは思わないかね」
「ええ、まあ」
「こんな完成された芸術品を害虫扱いするやつがいるのには、ほんとに悲しい気持ちなのだよ。どうして彼らのこの美しさをわかってやれないのかと憤りを感じるのだよ。ゴキブリホイホイなんてものを考えついたやつを恨んでやりたいね」
「はあ、そうですかぁ。あのー、最後にお訊きしたいのですが、これからの先生の夢ってなんでしょうか」
　先生は遠い目をして、こうつぶやいた。
「地球上をゴキブリの楽園にしてあげたいね・・・」