僕がまだ沖縄に住んでいたころの話だ。
　僕の住んでいたところは、どちらかというと山のほうにあって、海からの細い道を登っていって、ひとつ丘を越えたあたりの盆地にあった。奥の山沿いに一本の小さな川が流れていて、その川に囲まれるように家々が少しだけ立ち並んでいた。家と家との間には畑があって、そこではたいていとうもろこしが作られていた。
　僕は、生まれてから15歳の春までそこで暮らしていたのだが、その間、一度もパトカーが村の中に入ってくることがなかったほど、そこはのどかな所だった。
　いつだったか僕の家に、大阪に住んでいるという親戚が遊びに来たことがあった。両親と僕よりふたつ下の女の子が１週間ばかり泊まっていったことを記憶している。
　いつもやんちゃ坊主だった僕も、この時ばかりは妙におとなしくなって、女の子の都会っ子らしい白い肌を、ふすまの隙間からのぞいたりしたものだった。
　ある昼下がり、女の子が裏庭を指差してこう尋ねてきた。
「あそこのひまわり、なんで１本だけなん？」
　当時、僕の家では夏になるとひまわりを育てていた。裏庭の小さなスペースに30本ばかりを栽培して、大輪の花が咲くと少し離れた観光ホテルに売っていたのだ。女の子の指差したのは、見ごろを過ぎてちょっとしおれかけたひまわりだった。
「あいつは残しておくんよ。今年咲いた中で１番大きかったから」
「おっきいと高く売れるんちゃうの？」
「うちのはどれも大きいさ。だって、１番大きいのを残して、次の年にそいつから取れた種を植えることにしてるから、だんだん大きくなってくるんよ」
「ふうん、おっきなひまわりがぎょうさん咲いてるのんて、すてきなんやろなあ」
　女の子は目を輝かせて、１本だけ残っているひまわりに視線をそそいでいた。
　来年も遊びにくればいい、ちょっと早めに来ればぎょうさん見られるよ、と僕は言いたかった。でも、それを言葉に出すのは、なんだかよくわからないけど恥ずかしかったので、心の中でつぶやくだけにしてしまった。
　あれ以来、その女の子とは会っていない。
　夏が近づくといつも思い出す、僕のほろ苦い思い出だ。