今日子が言うには、男が横で寝息をたてているのを聞いているのが好きなんだそうだ。俺は一人じゃなきゃ寝られない人間なんだがなあと思ったが、どうしてもと言うので、今日子を泊まっているホテルの部屋に連れ込むことにした。
　俺は疲れていた。
　朝、早くに東京を出て、出張先である山口の宇部にやってきて、そこで取引先との商談をまとめた。それから、そのついでに、メールで知り合った博多に住む今日子に会いにきたってわけだ。長い移動と、初対面の人と会うという緊張で、俺は心身ともに疲れきっていたから、今日子が俺の寝息を聞きたいと言ったときは、その真意を理解できなかった。
　俺は部屋に入ると、すぐ寝ることにした。俺が布団に入ると、今日子も上着を脱いで俺の横に滑り込んできた。まだ二十歳を過ぎたばかりという今日子の体からは、俺の鼻腔をくすぐる甘い香りが発散されていた。
　お望みどおり寝息を聞かせてやろうと思っていた。かなり疲れていたのだから、すぐに眠れるはずだった。しかし、というか、やはり、というか、今日子は俺を寝かせようとはしなかった。
　俺が目をつぶって、今日子に背を向けると、今日子は俺の背中を指先でなぞりはじめた。俺はその今日子の仕草をまったく無視して、睡眠へと集中していると、今度はじれたようにそのなめらかな体を寄せてきた。胸のふくらみが背中に押し付けられて、今日子の息づかいがじかに伝わってきた。
　耳元に今日子の熱い吐息がかかった瞬間、俺の心の中で何かが弾けとんだ。

　気がつくと、俺はベッドで一人きりだった。
　今日子の香りはもうどこにもなかった。
　白み始めた朝の光がカーテンのすきまから差し込んでいた。
　小さなテーブルの上に、書き置きが１枚。

「もう、ほんとに寝ちゃうんだから、まいったわ。じらすのがうまいのね。でも、あなたの寝息が聞けただけでも満足しなくっちゃね。また会える日を楽しみにしています。──今日子」