駅前の、人通りも車の量も多い騒音に包まれた交差点。
信号待ちをしている人ごみの中に、その女性がたたずんでいた。
その人の後ろ姿は、赤い服を着ていたとはいえ、
街なかではけっして目立つものではなかった。
しかし、そのうつむいている姿勢と、その背中が断続的に震えていることが
彼女の存在を際立たせていた。

車が止まり歩道の信号が青に換わった。
せき止められていた人々が、両側からの波となって、車道へ押し寄せていった。
彼女は動かなかった。
出ていく波に押されそうになりながらも、力強く立ち止まっていた。
そして、反対側からの波がやってくる前に、ふいとこちらへひるがえった。
その瞬間、彼女の目からこぼれおちた大粒の涙がきらりと光った。

街が静かになった。

彼女は、駅へ向かう流れの先頭を、
まるでその流れをひっぱるかのような勢いで、歩いていった。
歩行者用の信号は赤にかわり、街は再び喧騒の渦へと引き戻された。
彼女は人の流れの中に消えた。
交差点に思いは溶けた。