前を歩いている男が、道端にポイッとたばこの吸殻を捨てた。
　と、どこからともなく“正義の味方”が登場した。

　そう、それはどこからどう見ても、“正義の味方”だった。
　頭には、黄色いツノが２本生えたヘルメットをかぶり、顔は、切れ長の大きな目をしたマスクで覆っていた。ボディは剣道の胴着のような硬そうな素材で包み、足はぴったりとした緑のズボンと黒のブーツできめていた。
　そして、なんといっても背中には黒いマントをなびかせていて、そこに赤い文字で“正義の味方”と書いてあったのだから、誰が見ても“正義の味方”である。

　そんな“正義の味方”が「でやーーっ！」と叫び声をあげながら登場したのである。
「たばこの吸殻を捨てたのはお前だな」
　そういって、マントをひるがえし、男の前に立ちふさがった。
　男はびっくりして一瞬立ち止まったが、関わりになるのは止そうと思ったのか、“正義の味方”の脇を無言で通り抜け、足を速めて立ち去ろうとした。
「まてーーっ！貴様！逃げる気だなー」
　“正義の味方”はあわてて、男の後を追いかけていった。どうやら注目されないと寂しいらしい。

　男は面倒くさそうに振り返り、
「あんた、なんなの？」
と問いかけた。
　それを聞いて、“正義の味方”は待ってましたといわんばかりに大きくうなずいて、まるで台本を読むように、しゃべりはじめた。

「何を隠そう私は、普段は気優しい公務員。しかし、一旦外に出れば、悪事を放ってはおけぬたくましきジェントルマン。この世に悪がはびこる限り、愛と勇気と平和を守りつづけるために、日夜闘いつづける正義の味方。人呼んで“セイギマン”ここに見参」
　“セイギマン”は腕を天に突き上げ、ポーズを決めて、一人酔っているようだった。
　男は聞き終わるか終わらないうちに、すたすたと歩き去っていた。

　それにしても、“セイギマン”とはなんとも安直な名前である。もうちょっと、いいネーミングが考えられなかったのだろうかと、わたしは思ったのだが、正義の味方の“セイギマン”は自信満々なのであった。

「おい、貴様！人の話は最後まで聞け」
と言って、道端に煙草を投げ捨てた男を追いかける姿が、どうもみっともない“セイギマン”なのだが……

「お前はさっき、煙草のポイ捨てをしたな。よって、このセイギマンが鉄槌をくらわす。おとなしくしろ」
　そう言うと、セイギマンはおもむろに右手を振り上げて、男に殴りかかろうとした。
　なんか芝居じみてて、動きも不自然なセイギマンなのだ。
　わたしは、もしやと思って、周囲を見回したが、ビデオカメラをこちらに向けている人はいなかった。テレビの撮影か何かではないらしい。

「おっ、何するんだ」
　ポイ捨て男は、正義の鉄槌をかわそうとしたが、それより少し早くゲンコツが頭にあたった。
「あいた、なにするんだ。オレじゃなくたって、みんな捨ててるじゃないか」
「うむ。ポイ捨てを目撃したら、随時、わたしが制裁を与えるので、他人のことは気にしなくてよろしい」
「なんだと。お前は、何の権利があって、人を殴ったりするんだ。なんなら、今から、警察に連れて行こうか？」
「ははは。その必要はないのだよ」
　セイギマンは、不敵な笑いを浮かべて、内ポケットから何かを取り出した。男の目の前に突き出したのは、警察手帳であった。
「わたしが警察官だからだ。これからは煙草のポイ捨てなどしないように」
　男は呆然として、セイギマンが立ち去るのを見ていた。

　指導第二課正義係に所属する市民の味方“セイギマン”（現在のところ17名）は、日夜、あなたの街に出没して、正義の鉄槌をくらわしていることだろう。