３

　新幹線に乗るのは初めてだった。
　新横浜を過ぎて、加速していくのを体で感じながら、大丈夫
かしら、と仲村メイは思っていた。
　窓の外に流れる景色はあまりに早すぎて、70歳を超えたメイ
にとっては、ただ気持ち悪くなるだけだったので、日除けはず
いぶん前に下ろしていて、できるだけ車内だけを見ていようと
していた。
　それでも時折、反対側の上りの列車がすれ違うと、そちらに
吸い寄せられるように列車全体がグワンと揺れる、その度ごと
にメイは肝を冷やした。
　さっきから通り過ぎる車掌や売り子さんが、慣れているはず
なのに、ふらふらとよろめきながら歩いているのを見ていると、
私が歩いたら転んで怪我をしてしまうわ、到着するまで立ち上
がるのは止めておこう、と心に決めたメイであった。
　もう、できてから30年以上にもなるんだものね、そろそろガ
タがきてもおかしくないわね、不安は募る一方なのだが、ふと、
50数年前に上京してきたことを思い出した。

　何もなかったあの時代、夫を戦争で亡くし、夫が残したただ
ひとつの形見としての我が子を連れて、ゴトゴトと汽車に揺ら
れて上京したあの日。
　床は、黒ずんだ板張りで、機械油の染み込んだ匂いがしてい
た。ぎゅう詰めの車内で立ち疲れているところを、親切な人に
席を譲ってもらい、向かい合わせの席に我が子と二人座らせて
もらったあの時の人のやさしさ。懐かしい匂い。きしみながら
走る汽車の音・・・

　あの頃は良かったわ、とメイは思う。今のように恵まれた時
代ではなかったけれど、誰もが心に豊かさを持っていたわ、と。

　そして、東京から乗り合わせている隣に座った少年を見やり
ながら、あの時の息子はちょうどこの子ぐらいだったわ、と懐
かしく思っていると、ふと、隣の少年が自分の息子に思えてき
て、妙にいとおしくなって、なにか声を掛けてみようかしら、
と感じはじめてきた。
　隣の子はずっと携帯のゲーム機でおとなしく遊んでいる。
　夢中で遊んでいる子に突然話し掛けては悪いわね、と考えて
いると、
「アイスクリームいかがですか」
と車内販売がやってきた。
　ゲームをしていた少年は、顔をあげて、もの欲しそうな目で、
歩いてくる売り子さんの方を見つめていた。
　それを見たメイは思わず、
「ボク、アイス食べる？」
と声を掛けた。
　びっくりした顔で振り返った少年は、でもすぐにうつむいて、
黙っている。
「どうしたの？」
とメイが尋ねると、
「お金、持ってくるの、忘れて・・・」

　恥ずかしそうに、ますますうつむく少年をみているうちに、
ますます彼のことがいとおしく思えてくるメイであった。

（次号につづく）