４

　明美はさっきから必死に涙をこらえていたが、東京のビルの
街並みが住宅地の風景に変わるころには、ついにまぶたの淵か
ら涙がこぼれ出してしまった。
（こんなはずじゃなかったのに・・・）
　そう考えれば考えるほど、涙は次から次へと流れ落ちてきて、
嗚咽を抑えながら誰にも見られないようにと、さっきからずっ
と窓の外を潤んだ瞳で眺めていた。

　会いたい、と言ったのは明美のほうからだった。

　妻子を東京に残して、単身赴任で大阪にやってきた幸雄に初
めて出会ったのが１年前のこと。同じチームとして仕事をして
いるうちに、明美は幸雄のことを愛してしまった。かなわぬ恋
とは判っていながらも、それでも自分の気持ちを止めることは
できずに、ついに告白してしまった。
　明美もすでに結婚していたが子供はいなかった。まんねりと
した生活の中で、このまま年老いていくのかしら、と思ってい
るところに幸雄と出会ったのだった。
　明美は幸雄と一緒になれるのだったら、夫と別れても構わな
いと思っていたが、幸雄はそんな明美の告白を、やんわりと断
った。

　単身赴任の期間の１年は過ぎ、幸雄は東京へと帰っていった。
　帰っていってしまうとなおさら、明美は彼への思いが強くな
ってしまった。
　もう一度だけ会いたい、そう彼に伝えると、意外にも彼から
一日だけならという返事が返ってきた。
　明美はこれを最後に思いを断ち切ろうと考えた。

　昨日、上京した明美は、一晩だけ彼に抱かれた。
　もう、これでおしまい。晴れ晴れとした気分で、見送る人の
いない東京駅で新幹線に乗り込んだはずだったが・・・

　ひとしきり泣いた明美は、車内を見渡して、斜め前に座って
いる少年の無邪気にアイスクリームをほおばる姿を見ながら思
った。
（もう少ししたら仕事をやめて、夫に尽くそう・・・）
　明美はなんだか急に子供が欲しくなった。夫との子供を一生
懸命育てることが、今回のことへのほんの少しの罪滅ぼしにな
るんじゃないかと、そう考えて、また再び流れる景色を、今度
は澄んだ瞳で眺める明美であった。

（次号につづく）