９

　冷房の止まった車内に閉じ込められて、すでに１時間以上が
過ぎていた。９月の中頃である。日射しは強く、新幹線の薄い
屋根から伝わる熱が、車内を蒸し暑くさせていた。
　一向に動き出そうとしない列車、何の説明もないための不安、
そしてこの暑さ。乗客のストレスはピークに達していた。
「おい、外に出してくれ」
と車掌に食いつく乗客たちの怒り。
「早く動いてよー」
と不安を募らせてわめく人。
汗を滴らせながらも、じっと待っている人。
　すべての人が一様に動かない列車へのいらだたしさを心に抱
えているときに、それは起こった。
　ごーっという地鳴りが、周囲の山並みから聞こえてきて、窓
ガラスをビリビリと振るわせた。
　そして、その瞬間、外の風景が大きくゆがんだ。
　地面が波打ち、列車が大きく揺さぶられていた。
　乗客は悲鳴とともに、必死にイスにしがみついていた。
　車内販売のワゴンに載った品物が、大きな音をたててくずれ
落ちた。網棚の荷物が乗客の頭に次々と落ちてきた。
　窓の外は、もうもうと立ち上る土ぼこりで覆われていた。
「なんまんだー」
「幸雄！」
「あわわわわ」
「くそーっ」
「ね・・・姉ちゃん」

「にゃあー、にゃあー」
　私の隣に座った子供の足元のダンボール箱の中では、依然と
して子猫が鳴き声をあげていた。
　子供もまた相変わらず、足先でその箱を突っついていた。
　ついに私は、車内に響く子猫の鳴き声にいたたまれなくなっ
た。
　私はしゃがんで、子供の足元のダンボール箱を黙って抱え上
げ、乗客の視線が注がれる中を足早に歩き、自動ドアをくぐり
抜け、デッキに出た。
　子供は驚いた顔をしながら、黙ってついてきていた。
　私はデッキの出入口の横の床に、箱を抱えてペタリと座り込
んだ。とたんに列車の振動が、心臓の鼓動のように体を包んだ。
　ひざの上の箱のふたを、そっと開けると、そこには薄汚れた
子猫が、目を腫らしてうずくまっていた。
　猫は私の顔を見ると、先ほどとは違って優しい小さな声で、
にゃあと鳴いた。
　子供が見守る中、私はそっと箱の中に手を差し入れ、うずく
まっている猫を抱きかかえた。にゃあとまた鳴いた。
「お前と同じなんだな・・・」
　子猫のぬくもりを胸に感じながら、私は自分の人生をその猫
に重ね合わせていた。

（おわり）